「あなたはキューバで何をしてるの?」
今朝も、ドイツから来た旅行者にこう聞かれた。彼女は恋人と2週間、キューバの主な都市をまわるのだという。
私は、今回5度目のキューバ旅。1か月、ずっと首都ハバナに滞在し続けている。
ほかの長期滞在者のように、留学生ではない。音楽やダンスを学んでいるわけでもない。
ハバナも5度目なので、革命博物館など、主な観光地はもう全部行ってしまった。
あえて言うなら、私はここで「何もしない」ことをしている。
「夏休みのある小学校時代にかえりたい」
社会人になってから、ミスチルのこの歌詞はいつも私を突き刺した。
ああ、二度と、もう二度と人生に夏休みは訪れないんだなぁ、と。
連休前は、「休みになったらあれをしよう、これもしたい」と考える。
しかし実際は、連休明けの仕事を思って憂鬱になりながら、毎日ダラダラ過ごすだけ。
読みたかった本も、進めたかった語学の勉強も、手つかずのまま。
体力・気力が回復する頃には休みは終わっている。
だから私は、読みたかった本や、見たかったドキュメンタリーをダウンロードしたスマホを持って、キューバに来る。
見せかけではない、本物の「夏休み」をここで過ごすのだ。
私の毎日は、こんな感じ。
朝、目覚めると、しばらくベッドの中で考える。
「今日は何をしよう?」
朝ごはんを食べ、インターネットをするために公園へ。日本は夜なので、仕事から帰宅した夫と少し話す。
ハバナの街は、私にとってはもう地図を見なくても歩ける場所で、ここにいることになんの違和感もない。
家に帰ると、またベッドでぼんやりする。
(ヒマや……)
まさに、小学校時代の夏休みのように。
毎日、有り余る時間をどう過ごそうかだけを考えている。
私の子どもの頃と同じく、家にインターネットはない。
できることと言えば、外を歩いて何かおもしろいものを見つけるか、家で本を読んでまったりするか。
涼しければカメラを持って写真を撮りに出かける。
暑ければ、家でラジオを聴きながら読書したり、Netflixでダウンロードした映画を見たり。
日本だと途切れ途切れにしかできないことが、ここだと何時間でも集中してできる。
途中で飽きて時計を見ても、まだ12時だ。
昼ごはんを買いに行こうと部屋から出ると、家のママが「ごはん作ったから、ヒトミも食べなさい」と言ってくれる。
食べたら眠くなって、またベッドでしばらく寝転がる。
家には色んな人が訪ねてくるので、喋りたくなったら彼らに話しかければよい。
時々ミュージシャンの友達に電話して、ライブの予定がないか聞いたり。
私がハバナで積極的にすることといえば、ライブに行くことだけ。
日本だとチケットが1万円ぐらいする、ジャズやサルサのライブが、1000円前後で見られる。
以前は、新たな音楽との出会いを求めて毎晩ライブに出かけたが、今は好みもはっきりしてるので、好きなミュージシャンが出るときだけ行く。
ライブは深夜から始まるので、それまでたっぷり時間がある。
やることがないので、日記を書く。撮った写真をパソコンに取りこむ。また少し本を読む。
部屋にいることに飽きたら、リビングで家の人とテレビを見る。外から太陽の光がさんさんと差し込み、ぽかぽかしてそのうち寝てしまう。
長い午後が終わると、晩ごはんの時間だ。
この家に滞在している、ほかの外国人たちと食卓を囲む。今は、ザンビア人とドイツ人がいる。
彼らとは、いつも「朝まで生テレビ」ばりに色々話す。
一昨日のテーマは「家庭内での男女格差について、各国の傾向」、昨夜は「政治にどこまで関心を持ち参加するか、自分の人生とのバランスをどうとるか」について。
一日の中でいちばん目が覚める瞬間だ。
年齢関係なく、意見をしっかり持ち、かつ、人の意見にも耳を傾けられる人達との会話はおもしろい。
ごはんを食べ終わると、ちょうど日本は朝の時間帯なので、また公園にインターネットをしに行く。
真っ暗な公園の中で子どもが走り回り、カップルがビデオ電話している。騒がしい中で、わたしも夫とLINE電話で話す。
隣のカップルがずっとビデオ通話しているせいで、夫との会話がプツプツ切れる。
諦めかけた頃、隣のカップルが帰って行った。
今度はスムーズに話せる。
ライブがある夜は、そこからシャワーを浴びて準備をする。が、まだ4時間もある。
家の人と夜のニュースを見ながらぼんやりする。
22時ぐらいから夜遊び用のドレスに着替え、化粧をして、家を出る。バスか乗り合いタクシーを捕まえ、ライブ会場に入る。
タクシーも来ない時は全然来ないので、暗い車道を眺めながらずっと待っている。
ライブ会場に入ってからも、また1時間ぐらい待つ。他の人を観察したり、スマホでKindle本を読んだりしながら。
日本から見ると、この国に「効率化」という言葉はないに等しい。
誰も急いでない。何にも追われていない。
そして、他人にも強要しない。
明日のこと、あさってのことなんてわからない。
ただ、今何をするかだけ。
だから私は、この国にいたい。
何かをしたいのではなく、「何もしないこと」をしに。
ここに来ると、少しずつ時間をかけて、肩から力が抜けていく。
歩く速度が遅くなる。
他人の話に耳を傾けるようになる。
「何かを生み出さなくちゃ」と思うのをやめる。
「価値あること」をしようとしなくなる。
ただここにいることが、とても、心地よい。
何度目かのあくびを噛み殺したころ、ようやく、ステージにミュージシャン達が集まってくる。
深夜だということを感じさせない爆音が、会場を包む。
私は何も考えず、何からも学ぼうとせず、その場で生み出される音楽にただ身を任せる。
夏休みは、終わるからこそ楽しい。
膨大に暇な時間を過ごすうち、日本で走るためのガソリンが、体の中にぽたぽたと溜まっていく。
「何もしないこと」を受け入れられるようになったのは、キューバに来てから。
私の人生に、まだ夏休みは必要みたい。