↑当時、20代中頃でしょうか。なんでも写真は撮っておくもんですな。
若かりし、嗚呼若かりし、若かりし。(一句)
大阪のホテルバーで働いていた20代
大学卒業後、ホテルバーや日本酒居酒屋など、様々な飲食店で働いておりました。
ええ、劇団員でしたから。深夜バイトがよくってよ。
そこで覚えたものは、酒の味。
バーテンダーという職業は、孤独な大人たちの独り言を聞く仕事でもあります。
今回は今まで経験した数ある接客業の中から、大阪のちょっといいホテルバーで私が出会ったおもしろサラリーマン3連発を、ご紹介します!!
ほぼ日手帳を欲しがるリーマン
その人はたまに飲みに来る、推定30代後半~40代のサラリーマン。
口癖は
「おっしゃるとおり!!」
…営業さんかな?
その日も、お一人でカウンターに座ってウイスキーを飲んでいた。
そしていい感じにほろ酔いになってきたとき、こうつぶやいた。
「僕ね…ほぼ日手帳、買おうかどうか迷ってるんですよ…」
すぐさま「わー、いいですね!」(てきとう)と返事をする私。
実は私も、ほぼ日手帳、そのころ持ってた。
でも、使ってなかった。
だからこそわかる。
「毎日な~、書くことなんてないんだよな~~。でも、持っときたい~~」
という、その気持ち。
ほら、ほぼ日手帳ってさ、買うまでに何度もLOFTに足を運んだり、ネットでいろんな人の使い方を見たり、その過程が醍醐味じゃない??
言うなれば、
買うまでがほぼ日手帳です。
みたいな。
しかし私はバーテンダー。
自分語りより、お客様のお話を聞くのが仕事。
お客様のほぼ日手帳にかける思いを「うん、うん」と聞いていた。
なかなか、買うかどうかに踏み切れないお客様に、ポロっと言ってしまった本音がこちら。
「でも、ほぼ日手帳ってまわりで使ってる人見たことないですよね!」
お客様ははっ!と目を見開かれ、そしてこう叫ばれました。
「おっしゃるとぉおおりッ!!」
空き瓶を集めたがるオジサン
続いてのお客様は、年の頃は50代後半。
ひとりでカウンターに飲みに来る常連さん。顔は怖いが、優しい話し方のおじさんだった。
そのお客様には酔うと決まって語る、夢がある。
それは、集めた酒瓶をバッキバキに割ってアート作品を作ること。
酒瓶といっても一升瓶じゃありません。ウイスキーやジンなどの、透明なボトルに色がついてるやつ。
特に写真のグレンフィデックのような緑のボトルがお気に入りで、家で集めたボトルにライトを当ててはうっとりしているという。
ボトルだけでこんなに美しいのだから、老後はこのボトルたちをバッキバキに砕いて、ステンドグラスみたいな作品を作りたいらしい。
「でもね~、女房がね~。こんなゴミ、早く捨てなさいって言うのさぁ…」
わかる、わかるぞ、女房よ。。
集めたがりの男子とオカンの攻防は大人になっても続くのだ。
あれからはや5年。
あのお客様は念願通り、集めた酒瓶をバッキバキにできているのだろうか。
記念日に乾杯する若造
その「いちげんさん」(初めてのお客様のこと)は、忙しい夜にやってきた。
お客様の平均年齢が40~50代のバーで、その人はひどく若く見えた。
ここはカクテルもお出しするが、ウイスキーをメインで扱っているので30代のお客様はかなり少ない。
たまに団体で来ても、飲む酒は「ハイボール」「カシスオレンジ」など、酒界ではまだまだ若造の域だ。
そのときはカウンターが満席で、ゆっくりお話するヒマもなく、バタバタとおしぼりとメニューを渡した。
するとすぐに、彼は口を開いた。
「響の30年、ください」
一瞬、耳を疑った。
サントリーが出しているブレンデッドウイスキーの最高峰、響(ひびき)30年。
シングルモルトの山崎25年と並んで、ここで一番高い酒だ。
お値段なんと、1杯8,000円。
1杯でだじょ~~~。
頼む人はいないがボトルを入れると1本20万円である。
それでも時々、酔っ払ったサラリーマンたちが
「一番高いお酒、ちょうだい!」
と言って飲むことはある。
また大変ウイスキー好きなお客様が最後に1杯、ストレートで味わって帰ることも。
(そんなときにコッソリ味見できるのが至福の悦び)
でもいくらスーツを着ているとは言えこんな若いお客様が、1杯目から響の30年?
(この人、明日、死ぬ気ちゃうやろか…)
そう疑いながらも、感情を顔に出さないのがバーテンダー。
「かしこまりました」とニッコリ笑って、業務に戻った。
その方はゆっくりゆっくり、味わいながらその1杯を飲んでいる。
お店が落ち着いたころ、そっと話しかけた。
「いかがですか?」
若さゆえの緊張した面持ちで彼は答えた。
「いやあ…おいしいです。」
「お若いのに、ウイスキー、お好きなんですね」
「実は。」
彼は語り始めた。
「今日、僕の30歳の誕生日なんです。
前から30になったら、同い年のウィスキーを飲みたいと思っていて。
初めて飲みました。おいしいです」
あらまあ。
なんて素敵なプレゼントだろうか。
彼は10年前には手が届かなかった、大人のお酒を飲める自分を噛み締めていたのかもしれない。
「それは、おめでとうございます。私も30になったら、自分のお金で飲みたいです」
そう微笑んだ私だったが、30になっても絶賛貧乏だったので未だに飲んでいない。
彼は、こんな風に過ごした誕生日を絶対に忘れないだろう。
そしておいしかったお酒の味とともに、そのとき話した女性バーテンダーのこともチラリと思い出してくれたらいいな、と思う。
働きアリたちも、ひとりでゆっくりできるバーを持っている。
朝の満員電車で立ったまま寝ているサラリーマンも、冴えないオジサンも、夜は間接照明に照らされながら1杯のウイスキーを飲んでいるかもしれない。
そうやって自分の心を落ち着けて、ときに店員と語らいながら、ひとり思考する時間は大切だ。
何より「バーでひとり飲んでる自分」というのがカッコイイ。
そこに聞き上手なバーテンダーがいれば、気分は映画の主人公。
バカ騒ぎする体力のなくなった大人の方が、上手な気分転換の方法を見つけているかもよ、というお話。
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