1月中旬に行われるはずの、JAZZフェスティバルのためにやってきた今回。
12月末にハバナに着き、さっそく情報収集を開始。全てが遅いキューバ、当然ネットには去年の情報しかない。
ホテルのツアーデスクや会場となる劇場に聞いて回るも、誰もライブスケジュールを持っていない。その頃は、別の都市サンティアゴ・デ・クーバにも行くつもりだったので、早くスケジュールをゲットしておきたかった。
ハバナとサンティアゴ・デ・クーバで行われるJAZZフェスは、国際的なもので、海外からのゲストも招かれる。ネットで検索すると、JAZZフェスを見るためのツアーも諸外国から出ている。
1週間に及ぶ国際フェスティバルまで1か月もないのに、どこにもプログラムがない!!
「もう決まってるはずだけど、まだ届いてない」
どこで聞いても、そう言われた。仕方がない。年内は諦めよう。
そして2019年が明け、年女となった私は新年早々ねんざした。ハバナ大学の前で写真を撮っていたら、木の根元のでこぼこに足を取られた。グリッと骨の捻れる音がして「やっべぇ」と冷や汗が出たのを覚えている。
心配性の私は、鎮痛剤と湿布をたくさん持ってきていたので、家にあった保冷剤とそれらのコンボで何とか歩けるようにはなった。
キューバでは、熟年刑事のように、足で稼がないと情報は得られない。
よたよた歩きながら、1月の始め、私はホテルのコンシェルジュに聞いて回った。
ホテル・ハバナリブレのコンシェルジュはこう言った。
「この建物の外にインフォツール(ツアー会社)があるから、そこで聞いてみて」
ツアーデスクは、階段を登った上にあった。
足が痛い。しかし、ここで情報が手に入るなら、登る価値はある。
だが、デスクの人はこう言った。
「ここにはネットがないから、わからないの。
でも、23通りを海の近くまで歩いて、P通りの角にある文化のナントカなら知ってるはず」
「文化のナントカ」が何かは、よく聞き取れなかった。恐らく情報の元となるオフィスがあるのだろう。
足が痛い。そう、私は手負いの勇者。RPGの主人公は、村人に質問を繰り返しながら真実に迫っていくのだ。
謎のドラクエハイになった私は、「海の近くの文化のナントカ」を目指して歩き出す。
もしわからなければ、その辺の人に「文化のナントカはありますか」と聞けばよい。だって私は勇者だから。
果たして、23通りとPの角に、めちゃくちゃわかりやすくそのオフィスはあった。
名前は「Paradiso」。看板にちゃんと、「文化のナントカ」と書かれていた。
オフィスに入り、「JAZZフェスのプログラムはありますか」と聞く。少し待ったあと、1人の担当者を紹介された。
そう、彼女、ジャネットはJAZZフェスの担当者だった。すべての情報を握りし重要キャラだ。
ジャネットは私の隣に腰掛け、丁寧なスペイン語で説明してくれた。
「プログラムは、まだありません。今夜の会議で決まるんです。ええ、今回はかなり遅れていて…。メルアドを教えてくれたら、決まり次第メールで送ります」
2週間後のJAZZフェスのプログラムが今夜決まるということよりも、「メールでプログラムが送れる」という近代的な提案に驚いた。
さらに彼女は、前売り券の存在も教えてくれた。券にはいくつか種類があり、クソ高いVIP券を買えば、全公演に入れる上、指定席で見られるらしい。
ジャネットの名刺をもらい、ほくほくと家に帰る。足は痛いが、気持ちは軽い。とりあえず今後の見通しがたった。予定がわかると爽やかな気分になる私は、コテコテの日本人である。
まぁ予想通り、何日待ってもジャネットからのメールは届かなかった。週が明けた火曜日、「そろそろよかろう」と思い、オフィスに電話した。
まぁ予想通り、ジャネットはいなかった。この国で物事がスムーズに進むと考える方がまちがい。
「また明日電話します」と告げると、電話先の女性は「1時間後に戻ってくるから、その時に電話してみたら」と教えてくれた。なんて親切な人…!
1時間後、ジャネットと話すと、すでにプログラムは完成していた!!
「ごめんなさい、あなたのアドレスを無くしてしまって」
うんうん知ってた、いいんだよそんなことは、プログラムがありさえすれば…!
アドレスを伝えると、彼女はその場でメールを送ってくれた。ああ、スペイン語で電話が出来るまでに勉強しておいて、ほんとによかった。
いてもたってもいられず、すぐに公園へインターネットしに行く。家でネットはできないから、WiFiポイントに行かなければいけない。ちなみに有料。
果たして、メールはちゃんと届いていた。添付ファイルも問題なくダウンロードできる。
1週間、複数の劇場で開催されるキューバJAZZフェスのプログラムは、PDF14ページに及んでいだ。
毎年日本のブルーノートでライブをしているあのバンドも、大好きだけど今まで1度もライブを見たことがないあのピアニストも、連日出演する…!!
見たいライブを書き出した私の手帳は、真っ黒になった。
これは、買おう。クソ高い通し券を買うのだ。
高いと行っても、日本でキューバJAZZのライブを見ると3回で吹き飛ぶ値段。ただし、キューバ人の平均年収にせまる金額ではある。
今こそ、ジャパニーズマネーパワーを使うのだ。
後日、私は大金とパスポートを手にジャネットを訪ね、「クソ高い通し券をください」と告げた。
「その券を買えば、全公演が良席で見られるんですよね」
「そうよ」
「人気の公演でも、開演前に並ばなくていいんですね?」
「そうよ、劇場ではVIP用の席が確保されてるから。だからこそ、そのチケットは、
クソ高いのよ。」
買います…!!!
キューバで払ったことのない大金をキャッシュで払い(カード払いも可能)、書類にサインをし、控えをもらった。
そこでジャネットがおごそかに言った。
「チケットは、まだ届いてないの。金曜日には来るはずだから、また金曜に来てくれる?来る前に確認の電話をしてね」
なんとーーーー!!
来週の月曜から始まるフェスのチケットが金曜までないと!!
ふははっ、笑わせよるわ!!
ジャネットもオフィスも信用できる感じだったので、私は「わかりました」と帰宅した。
ここ、Paradisoのスタッフの女性達は(なぜかみんな女性)、対応が丁寧で安心できる。
そして、金曜にジャネットに電話。
「まだ来てないのよ。日曜には来てるはずだから、日曜に電話してもらえる?」
オウ、神よ……!
日曜って前日やん?もしその日に無かったらどうしよう、、ライブが見れんやん、それはまじつらい……。
せっかくサンティアゴ行きをキャンセルして、アスリートのように怪我の治療に専念してきたのに。おかげで信号が停電してるときの横断歩道を走って渡れるくらいに回復したのに。(ちなみに走らないと死ぬ)
運命の日曜日。何度か電話して、やっとジャネットにつながった。
最初の電話では、ほかのスタッフにこう言われた。
「ジャネットは今、チケットを探しに出かけていて、いません」
彼女もまた、勇者だったのだ…!
その後、ジャネットから「今、チケットが届いたところよ」との返事をもらい、踊る気持ちでオフィスへ。
行ったのだか。
着くと、まさかの入口には鍵が。
えー、今電話したとこなのに!!
(あっ、もしかして、昼休み……)
つらい。
背後では、うっとうしいキューバの若者が「ヘイ、中国の彼女、キミかわうぃーね!!」と英語で話しかけてくる。
こいつの近くでずっと待つのは嫌だーと思いながら中を覗いていると、キューバの藤森慎吾(仮名)が、「閉まってるよ!スペイン語わかる?」とまだ話しかけてくる。
イライラしながら「閉まってるっていつまで?」と聞き返すと「明日までかな~」とか言うので「それはない!!!」と突っ込んでしまった。
すると藤森(仮名)はドアに近づき、「こういう時は、優しくノックする。わかる?ガラスだから、優しく…」そう言いながら彼がノックすると、中からスタッフが出てきて開けてくれた。
「おおお、ありがとう!」と言うと、彼は「どういたしまして。ところで僕の名前は慎吾、慎吾だよ!」と言っていたが無視して中へ。
雑魚キャラだと思ってたら大事な鍵を持っていた藤森、ありがとう。
オフィスの中は、届いたばかりのJAZZフェスのポスターやプログラムが散乱していた。
「散らかっててごめんなさいね」とスタッフの人が何度も謝ってくれる。
いや、こちらこそ昼休憩中にごめんやで……。
「座る場所もないから、ロビーのソファで待っていてね」と言われ、座っていると他にもチケットを受け取りに来た、欧米人のおじさんが来て座った。
ジャネットは、首からかけるタイプのVIPパスと、ガチのポスターに冊子、そしてプログラムをくれた。ガチのポスターは購入特典らしい。ガチなのででかい。
欧米人のおじさんは、私のVIPチケットの倍の金額の、「プレミアム」チケットを買っていた。
だから、ポスター以外にも色々お土産をもらっていた。
ジャネットが、特典を確認しながら「これは帽子、これはポスター、これはラム、これは…何かしら、わからないけど、なんかお土産」と言ってるのにウケた。
さらに、送迎付きのディナーもあるらしい。まぁ、私はどれもいらないけど。
VIPチケットは、メイン会場である、ナショナル劇場の大ホールに指定席を持てるらしかった。
わざわざPCの画面で座席表を出して、席を選ばせてくれた。JAZZフェス期間中、大ホールのその席は私専用のイスになる。
ほかの劇場の場合は、VIPパスを見せたら前の方の座席に案内してくれるらしい。
おおう、絶対無くせないぜ。
ジャネットは「何度も来てもらって本当にごめんなさいね」と言ってくれた。
私はこのためにキューバに来たから、他にやることもなく超ヒマなので全然いい。
それよりも、キューバでそんな言葉をかけてもらったことがないので(彼女は自営サービス業じゃなくて公務員なのに)、そのことに感動した。
念の為、ジャネットの携帯番号を教えてもらい、でっかいガチポスターを抱えてオフィスを出た。
藤森慎吾はもうそこにいなかった。
そうして今夜、JAZZフェスの幕は、何事もなかったかのように華やかに落とされる。
私はめいっぱいおしゃれをして、首から誇らしくVIPパスを下げ、好きな音楽に没頭するとしよう。これだけ走り回った価値が、キューバJAZZにはあると、信じているから。