「もしフィデル・カストロと弟のラウル・カストロがどちらも死んだら、そのあとキューバはどうなるの?」
2011年、キューバの首都・ハバナの日本語学校で彼らに質問した私は無邪気だった。
年をとったとはいえ、フィデルはたまにキューバのテレビに出ていたし、それを見てスペイン語の先生も「彼、すっかりおじいさんねえ」とつぶやいたりしていたのだ。
キューバ人の学生はこう答えた。
「わからない。だってキューバの若者はみんな革命後に生まれたんだ。
生まれた時から国の指導者はフィデル・カストロだったんだよ。
今は弟のラウルに政権を移したけど、でもフィデルの影響力は絶大だってみんな知ってる。
僕らは人生の中で一度も、大きく政権が変わることも、資本主義の社会も、選挙すら経験してないんだ」
私は日本と180度ちがうキューバの社会制度、文化、人々の考え方に興味津々だった。
「でも、ラウルもおじいちゃんでしょ?彼が死んだら次は誰が後継者になるの?」
「今の政権は、ほとんどがキューバ革命の時の戦士たちだから。
革命仲間以外は、政権に入れないようにしてきたんだよ。
だから、かなり高齢化している。そのグループをのぞくと30代で優秀な人もいるけど……果たしてカストロの志を継げる人がいるのか、全然わからない」
そもそもキューバってどんな国?
キューバと言っても「何それどのへん?」と聞かれることが多いので、ごく簡単に説明する。
アメリカの右下、マイアミ周辺にあるカリブ海(海賊で有名ですね)に浮かぶ島国で、面積は本州の4分の3、人口は東京都よりやや少ない1100万人。
名産は葉巻とラム酒。
スペイン統治時代が長く、公用語はスペイン語。
1902年に独立するも実質アメリカの植民地状態が続き、1956年から始まったフィデルやチェ・ゲバラによるキューバ革命が成功し、1959年から革命政権がスタートした。
「社会主義って不便だけど、それでも革命前よりいい」とおばあちゃんは泣いた
私が住んでいたハバナの家には、70歳を超えるおばあちゃんがいた。
だから、聞いてみた。
「キューバはアメリカに経済制裁されてて(2010年当時)すっごく貧乏だし亡命者もあとを絶たないけど、それでも革命前の方がひどかったの?」
おばあちゃんは、戦争体験を語るかのように教えてくれた。
「あの当時、アメリカ人の金持ちはキューバに別荘を持っていて、カジノやら売春宿やら、キューバ全体がアメリカのリゾート地みたいだった。
アメリカ人が贅沢する中で、キューバ人はスラム街に住んでて学校に行けなかったの。
字も書けなかった。
あの頃に比べたら、今は楽園だよ……」
彼女はそう言って涙ぐんだ。
じゃあ若者はどう思ってんの?
キューバ革命後、アメリカを敵に回し、旧ソ連の庇護を受けるしかなかった島国キューバは、社会主義の道を歩むことになる。
敗戦でアメリカに迎合せざるを得なかった日本とは逆だ。
学校もすべて公立でほとんど無料、金持ちも貧乏もみな同じ学校で学ぶ。
シングルマザーの友達は「父親がいないと学費ほとんどタダよ」と言ってた。
キューバ人の現在の識字率は99.9%。日本の99.0%よりも高い。(識字率による国順リスト|Wikipediaより)
大学まで無料で教育が受けられるキューバだが、たくさん勉強して医者になろうが弁護士になろうが給料はみな同じ。(平均月収2千円)※2010年当時
観光タクシーの運ちゃんしてる方が外貨でチップもらえて稼げるわと、優秀な人材がどんどん専門と関係ない仕事をしている。
観光客をナンパして結婚し、外国に住めれば家族にも送金できる。
社会主義国キューバに起きる、ねじれた貧富の差だ。
ちなみに、キューバには著作権という概念がほぼない。
ニュースや新聞は情報統制されているが、アメリカと国交断絶時代からふつうに「グリー」など流行りのTVドラマが見られたし、あるときは映画館で「宮崎駿映画祭」をやってました。(……)
つまり、ほぼ鎖国状態で貧乏な国にも関わらず、ドラマや映画やアニメで最新の先進国情報がバンバン入ってくる。
みんな学校教育の成果もあって愛国心はすごいけれど、革命前を知らない若者たちは、やっぱりなんとかして外に出たい。
TVでしか見たことないマクドナルドでハンバーガー食べて、iPhoneとか持ってみたいよ。
Facebookを見ていると、私がキューバにいた2010年と2011年に出会った友達の半数は、もうアメリカやメキシコに亡命しているようだ。
若者に流行りの音楽や、文学作品の中でも政権批判はされている。
ただしガス抜き以上のほんまにヤバイことを言うと、政治犯として逮捕されるらしい。そのへんは、表には出てこない闇の部分だ。
私としては「古き良き」キューバの姿がなくなるのは寂しいけれど、そんなのはやっぱり富める国から来た者の、ノスタルジーでしかないと思う。
実際にキューバで生活している人からしたら、アメリカとの国交正常化は歓迎すべきことなんだよね。
今までの不当なイジメから、やっと一歩抜け出せたんだから。
まさかフィデルが死ぬとは思わなかった
フィデル・カストロは、今まで600回以上アメリカのスパイに暗殺を企てられて、ギネスに載っている。
影武者や隠し子がたくさんいると噂され、何回も死亡説が流れてはひょいっとTVで元気な姿を現し、そのたびに国際ニュースになるフィデル。
なんだかんだ言って、100まで生きるもんだと思っていた。
多くのキューバ国民もそう思ってたんじゃないかな。
だって公の場に出たときはいつもシャンとしてて、得意のおしゃべりも健在だったから。
しかし、本当にフィデルは死んだ。
今までも「ほんとは死んでるのに影武者使って隠してるのでは」と何回も噂されてきたけど、今回、ラウルは亡くなった直後に発表したみたいだ。
で、どうする。
キューバ人の友達はやっぱり将来を心配してる。
「この国の未来」なんて悠長な話ではなく、10年後ぐらいには必ずやってくる「ラウル亡き後のキューバ」だ。
選挙、するのか? でもどうやって? 誰がどのように?
またアメリカに介入されるんちゃいますのん?
フィデルは、キューバ人の誰にとっても偉大な存在だった。
亡命を選ばず、キューバ国内でオイディプス症候群のように政権批判していた若者たちは、本当にフィデルを失った今、どうするのだろう。
また、真剣に国の未来を憂いていた活動家たちは、果たして彼のような影響力を得ることができるのか。
これからキューバは喪に服す。
しかしそれは「偉大な革命の指導者」を失った哀しみによるものだけではない。
平和に、みなが貧しいからこそ争うことなく助け合って生きてこられた、そんな時代がもうすぐ終わる。
そのことに対する不安と哀しみ。
感情表現がまっすぐストレート、田舎者のピュアさをそのまま身にまとったような彼らが、今どれだけ不安に包まれていることか。
ネットが不便な国だから、気軽にメッセージを送ることもできない。
できることなら将来歴史の教科書に
「キューバには昔”カストロ時代”と呼ばれる特殊な期間があった」
なんて載らないように。
あたたかい彼らの笑顔が消えないように。
この、資本主義が狂い咲く島国より、祈るばかりです。
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このブログを書いたのが2016年、フィデルが亡くなった直後。
2018年になった今、キューバがどう変わったのか、果たして変わらなかったのか。
私なりに見てこようと思います。
ちなみに、フィデルの肉声が聞ける貴重な映画があります。
アメリカのドキュメンタリーの巨匠、オリバー・ストーン監督がフィデルにインタビューした骨太な作品「コマンダンテ」。
Youtubeムービーで予告が見られますので、よかったらどうぞ。↓