バーテンダーシリーズの第二弾。
今回は、若かりし頃に人生の先輩たちからいただいた格言を3つ、ご紹介したいと思います。
死に際についての格言
その方は初めてのお客様で、カウンターでひとり、ウイスキーを飲んでおられました。年齢はたぶん40歳前後。
このバーでは若いお客様になります。
私の夢が海外に行くことだと聞いて、自分が漁船関係の会社で働いていることを教えてくれました。
「新入社員のときね、先輩と二人でロシア漁船に乗って何ヶ月も航海したんですよ。
僕と先輩以外、みんなロシア人なの(笑)。ロシア語ほとんどわかんなかったけど、毎晩みんなでウォッカ飲みまくってさあ。楽しかったなあ。
外国の人と関わるのは、いいですよ。行きたいなら行ったほうがいい」
そのお話はすごく興味深くて、目の前のこのスーツを着たサラリーマンがそんな楽しい経験をしていたなんて、いいなあ…と羨ましく思いました。
でも20代の私の不安は尽きません。
「若いときほど好きなことができるって言うけど、そうやって好きなことを続けていった結果、将来家族も持たないでひとりで死ぬのを想像すると、寂しくないですかね…」
そのお客様が家族がいるのかどうか、知りません。
もし私が彼の娘だったら、きっと違う答えを返していたでしょう。
でももう顔も覚えていないそのお客様の一言は、今もずっと残っています。
「そうだねえ。でもさ、人生で本当に好きなことができたんだったら、最後、ひとりで孤独に死んでも満足できるんじゃないかなあ。」
答えは死ぬまで、わかりませんね。
うぬぼれについての格言
次の格言は、長くかわいがっていただいた常連さんから。
大阪の大きいホテルの、接客の総支配人をされていました。
その方が働くホテルの最上階のバーで、ベテランバーテンダーさんのマティーニを飲ませてもらったことがあります。
「アイスピックを使うと味が変わるから」と、出刃包丁で氷を割っていたことが忘れられません。
そのお客様は、いつもカウンターでウイスキーを飲んでらっしゃいました。
楽しく冗談を言うのが好きな方で、ほとんど仕事の話などしたことがありません。
でもあるとき、私はふと、「初めてのお客さんと話して、次から常連さんになってもらえると嬉しい。だから、初めての方ほど話しかけるようにしています」、と言いました。
それに対する答えに、なるほどと思いました。
「確かに、自分のファンのお客さんが増えるとうれしいね。
だけどね、あなたに会いに来てくれる人の倍以上、逃したお客さんがいると思っていたほうがいいよ」
どんな仕事をしていても、いつも頭の片隅にある言葉です。
自分の立ち位置についての格言
そのお客様は、すでに定年退職した、毎週やってくる常連さん。
奥様に先立たれたあと、世界一周のピースボートに乗ったりと精力的に旅をしておられます。
今でこそ孫の話と奥様の思い出話が大好きなおじいちゃんですが、会社員時代は自分でアパレルブランドを立ち上げ、中国の奥地の工場長になったり、かなりアクティブにお仕事をされていた様子。
面倒見のいい方でしたから、よく悩みなどを聞いてもらっていました。
あるとき、私はこんなことを言いました。
「今、毎日仕事があって、生活できていて。安定はしているんですけど、なんだか自分が同じ場所で止まってるような気がするんですよね。
このまま半年、1年ずっと同じ場所にいるのかと思うとね……」
いつもニコニコしているそのお客様は、若い私に言葉を選ぶように、こうおっしゃいました。
「あのねえ、ヒトミさん。自分が『止まっている』と感じたとき、それはもう、後ろに下がり始めているときなんだよ。同じ場所で止まっているためには、前に進み続けなきゃいけないんだよ」
自動で前に運んでくれていると思っていたベルトコンベアーが、急に向きを変えて後ろに進みだしたような、そんな感覚に陥りました。
誰かの言葉は何度も読み返す本に似ている
人に言われた言葉、特に年上の人が教えてくれたこと。
言われたときにピンとこなくても、自分が成長してから「ああ、こういうことか」と気づくことが多いです。
きっとみなさんが、「今わからなくてもいいから、いつか届くように」と思って言ってくれた言葉たち。
大切に頭の引き出しに閉まって、必要なときに取り出して眺めるようにしています。
それはまるで、初めて読んだときに難しくてよくわからなかった本のよう。
何年かして読み返すと「ああ、なるほど」と腑に落ちたり、今までと違った視点を見つけたり。
人と会って話すのって面倒なことも多いけど、年を重ねるほど、親切に教えてくれる人は減っていきます。
それまでの間にもっと言葉の引き出しを増やしたい。
だから面倒でも人に会うのがやめられないんです。
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